n0高リスクに対する術後ハーセプチン投与期間その4 |
・trastuzumab(ハーセプチン)1年 vs 6月 trastuzumabの1年投与と6月投与を比較した3本の試験のうち、PHARE試験(n=3,380)(、PERSEPHONE試験(n=4,089)は、試験規模が大きく、イベント数も十分なので、1年投与と6月投与の比較はこの2本の試験で考察する。HORG試験(n=481)は、イベント数が45とあまりに少ないために考察から除外した。
PHARE試験の統計仮説は、DFSの95%信頼区間の上限が1.15を超えなければ非劣性と設定されている。42·5月の経過観察期間で、394イベントが観察された時点で初回の解析が行われた。2年DFSは、12月が93·8% (95%信頼区間92·6-94·9)、6月が 91·1%(89·7-92·4) (ハザード比 1·28, 95%信頼区間 1·05-1·56; p=0·29)と、非劣性は検証できなかった。95%信頼区間が1をはさんでいないことから、仮に優越性の検定を行った場合には6月が有意に劣るレベルである。一方で、心血管系のイベントが6月投与で1年投与と比較すると約1/3、絶対値では4%近く減少していた。(96 [5·7%] /1690人vs 32 [1·9%] /1690人, p<0·0001)。合併症は少ないものの有効性が有意に劣る蓋然性が高いことから、この結果からは6月投与を推奨するのは難しい。しかしながら、2018年のサンアントニオ乳癌シンポジウムで発表された、7.5年の経過観察期間でDFSが704イベントの時点で行われた二回目の解析では、DFSのハザード比が1.08(95%信頼区間, 0.93-1.25)と、推定値は前回の1.28から相当程度改善されていた。検定の非劣性マージンは変わらず1.15でαエラーも5%に保持されているとのことであったが、信頼区間の上限(1.25)が非劣性マージン(1.15)を超えたために今回も非劣性は検証されなかった。層別化因子で調整した無遠隔再発生存期間のハザード比は1.15(0.96-1.37)、全生存期間のハザード比は1.13(0.92-1.39)と推定値で10数%増悪する恐れがあった。
PERSEPHONE試験の非劣性マージンは4年DFSの絶対値3%と設定されており、試験当初はtrastuzumabの1年投与でDFSが80%、6月投与で77%との想定のもと、ハザード比の非劣性マージンは1.171と想定されていた。解析対象は4089人で5.4年の観察期間中央値で512イベントが起こった。観察された1年投与の4年DFSは89.8%であったため、6月投与で許容される絶対値3%の非劣性マージンの上限をハザード比に変換した1.29を上限として非劣性の検定が行われた。6月投与で観察された4年DFS は89.4%であったため、ハザード比 1.07(90%信頼区間 0.93–1.24 p = 0.01)と非劣性が検証された。4年全生存期間は1年投与 94.8%に対して6月投与 93.8% 、ハザード比 1.14(90% 信頼区間 0.95–1.37)であり、PHARE試験の第二回解析と近似していた。心毒性による早期治療中断は1年投与8%に対して6月投与は4%であった。
まとめると、trastuzumabの1年投与に対する6月投与の治療効果は、PHARE試験では、704イベントの時点での二回目の解析でDFSのハザード比が1.08(95%信頼区間, 0.93-1.25)、PERSEPHONE試験は512イベントの時点での解析でDFSのハザード比 が1.07(90%信頼区間 0.93–1.24)と非常に近似した結果を得たが、設定された非劣性マージンのために、一方は非劣性が検証され他方では検証されないという結論となった。これをどう捉えるべきか。
Natureに掲載された声明にはまさにこの問題が取り上げられており、“治療効果が二つの試験で同じ場合、一方で有意差があり他方では有意差がなくても、結果は矛盾していない。”と記されている。つまり、このケースは二つの試験で同等・同質の結果が得られたと考えるべきであり、得られたハザード比の推定値が真の値に近いのではないかと捉えることができる。PHARE試験の1回目と2回目の何れのデータを取るべきかに異論があるかもしれないが、イベント数が多いためデータの精度が高くなる2回目の解析結果を優位と考えるべきであろう。
以上より、PHARE/PERSEPHONE試験の結果から、1年投与に対して6月投与は比率で(絶対値ではないことに注意)7-8%程度再発が多くなると推定された。 |
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by aiharatomohiko
| 2020-05-25 21:17
| 医療
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n0高リスクに対する術後ハーセプチン投与期間短縮その3 |
・trastuzumab(ハーセプチン)1年 vs 9週 trastuzumabの1年投与と9週投与を比較した試験は、ShortHER試験とSOLD試験の2本がある。
ShortHER試験(n=1,254)では、主要評価項目である無再発生存期間(以下、DFS(disease-free survival))は、 観察期間中央値6 年(イベント数200)でハザード比 1.13(90%信頼区間 0.89-1.42)と、設定された非劣性マージンの1.29を90%信頼区間の上限が1.42と超えたために非劣性は検証されなかったものの、推定値では13%の増悪にとどまった。心血管イベントのリスク比は0.33(95%信頼区間;0.22 - 0.50、P<0.0001)と軽減した。5年全生存期間のハザード比は1.07 (90%信頼区間 0.74–1.56)と、DFSとほぼ同様の傾向であった。
SOLD試験 (n=2,174)では、観察期間中央値5.2年(イベント数245)でのDFS のハザード比は1.39(両側90%信頼区間1.12-1.72)と、こちらも非劣性が検証できなかった。
SOLD試験のハザード比の推定値1.39は、ShortHER試験の1.13と比べるとかなり悪い数字だが、データを掘り下げると、差の多くは癌と関連の無い死亡(14 [1.2%] vs 5 [0.5%])や対側乳癌発症(15 [1.3%] vs 7[0.6%])など偶然のバラツキによる誤差が原因と考えられた。乳癌死亡に関連する無遠隔再発生存期間はハザード比1.24 (90% 信頼区間, 0.93-1.65)と、DFSほど悪くはなかった。心血管イベントは2% vs. 4%、P=0.01と9週投与で半減した。全生存期間はハザード比1.36 (90% 信頼区間, 0.98-1.89)と芳しくなかったが、これは乳癌以外の死亡(24 [2.2%] vs 11 [1.0%])が9週投与で偶然多くなったことの影響が大きい。
まとめると、trastuzumabの1年投与と9週投与を比較した2本の試験とも非劣性を検証できなかった。これらの試験はイベント数が200程度しかないために検出力が低く、偶然のバラツキによる誤差がデータの精度に影響を与えているであろうことを鑑みると、現時点で9週投与を推奨する根拠は弱い。 |
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by aiharatomohiko
| 2020-05-24 21:12
| 医療
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n0高リスクに対する術後ハーセプチン投与期間短縮その2 |
結論から言えば、n0 高リスクのHER2陽性乳がんの術後治療で、trastuzumabの1年間の投与は必須ではないと思われる。なぜならば、投与期間を6月に短縮することで高くなることが懸念される、再発リスクの絶対値は1%未満と推定され、臨床的に無視できるほど小さいうえに、抗HER2療法に伴う心血管系の毒性ならびに通院を含めた医療コストが半分以下に減少することがその理由である。
たしかに、標準治療とされているtrastuzumabの1年投与に対して、試験治療である短縮期間投与が臨床的に劣らないかを検討したランダム化比較試験(すなわち非劣性試験)は今までに5件報告されているものの、非劣性が検証されたのはわずかに1件だけである。他の試験では非劣性が検証されていないためこの試験ではαエラーによりたまたま非劣性が検証されたのではないか、この試験で設定された1.29というハザード比の非劣性マージンの大きさが妥当かどうか(すなわち大きすぎるのではないか)、といったような批判は当然ありえるだろう。
しかしながら、全ての試験のデータを総合的に検討することで、そういった批判が当たっておらず、大部分の患者さんでは1年投与より短縮期間投与、具体的には6月投与が臨床的に妥当であることがわかる。まずは短縮された投与期間ごとに臨床試験の結果を見ていきたい。 |
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by aiharatomohiko
| 2020-05-23 21:09
| 医療
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n0高リスクに対する、術後ハーセプチン投与期間短縮の妥当性 |
術後治療におけるtrastuzumabの投与は、1年に対して2年の優越性が検証されなかったため、1年投与が標準とされる。短縮期間投与の有用性を検討するために、標準治療である1年投与と短縮期間投与を比較したランダム化比較試験が複数行われた。結果が公表されたものは、いずれも有効性(再発)を主要評価項目とした非劣性試験である。非劣性試験とは、ランダム化比較試験によって試験治療が標準治療と比べて臨床的に劣らないことを検証しようとする臨床試験である。試験で得られた結果の信頼区間の上限が予め設定した値(非劣性マージンという)を下回ることで非劣性を検証するという方法論は確立されているものの、非劣性マージンの値をどれくらいに設定するべきか、非劣性が検証されなかった場合にどのように結果を解釈すべきか、という課題がある。 結果が報告されたtrastuzumabの短縮投与の期間は9週と6月であり、先に述べたように一つの試験のみで非劣性が検証され、残りすべてで非劣性は検証されなかった。しかしながら、短縮期間投与で心血管系の毒性は改善されたため、副作用の観点では短縮期間投与の利益は明らかである。加えて、患者さんの通院や経済的な負担からも短縮期間投与の利益は明らかである。そのため、投与期間の短縮によりどの程度再発率が増悪する恐れがあるのか、そしてそれは臨床的に受け入れられるのか、を検討する必要がある。 各々の臨床試験の結果から短縮期間投与の治療効果を推定し、その結果をn0 高リスクに当てはめることで、1年投与と短縮期間投与の治療効果の絶対的な違いがどの程度かを推定することで、n0 高リスクのHER2陽性乳癌の術後治療でtrastuzumabの短縮期間投与の妥当性を考えてみた。 |
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by aiharatomohiko
| 2020-04-12 15:24
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予防的乳房切除のメリット |
BRCA1/2陽性の健常者の方が予防的乳房切除を受けることによるメリットを検討したオランダのコホート研究からの報告です。Breast Cancer Research and Treatment (2019) 177:723–733 10.3 年のフォローアップ期間に,722 / 1712名のBRCA1 (42%)、 406 /1145名のBRCA2 (35%) 変異を持った方が両側乳房予防切除を受けました。 手術を受けた方により健康状態が良好な方が含まれていた可能性はあるようですが、多変量解析を行うと、BRCA1変異を持った方で全死亡が40%(95%信頼区間20%-80%)、乳癌関連死亡が6%(同1%-46%)に減っていた。BRCA2変異を持った方では、全死亡が45%(同15%-136%)、乳癌関連死亡NA(0であったために推定できず?) との結果でした。 BRCA2変異陽性の方はBRCA1変異陽性の方よりも予後の良い乳がんの発症が多い可能性があるために、統計学的に有意といえない結果でしたが、点推定値からは生存率を改善する可能性が十分ありそうに思えます。今までは検討されていなかった(らしい)、予防的卵巣切除の有無を多変量解析のモデルに組み込んだデータですので、変異のある方へ予防的乳房手術を勧めるための基礎となるデータとなりそうです。 |
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by aiharatomohiko
| 2020-02-01 23:00
| 論文
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